第1回谷沢健一旗争奪少年軟式野球大会

昨年9月1日、YBC東京事務局に来訪されたオール沼南BBCの3氏(田中宏代表、...

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第1回谷沢健一旗争奪少年軟式野球大会集合写真

昨年9月1日、YBC東京事務局に来訪されたオール沼南BBCの3氏(田中宏代表、林法明監督、中尾康正コーチ)が、「谷沢さんの冠大会をやらせていただきたい」とおっしゃった。いささか面くらったが、「YBCの目的の一つは少年野球の振興だが、まだ野球教室しか行っていない。大会ならば、野球教室以上に多数の子どもたちが参加できる」と考えて、承知した。
 すぐに柏市野球連盟の山澤会長と中田理事長にも話をすると、大会の趣旨を理解してくださった。中田氏はYBC発足時から野球教室などでお世話になっており、今回も大会役員になっていただいた。両氏は柏市教育委員会にも協力を求めたが、行政は1年単位で動くのが原則らしく、「お話は聞きました」程度に終わった。時期を2月にしたのは球場の確保など、諸般の事情もあったが、小学6年生にとってちょうど卒業記念(退団記念)の試合となるからだが、結局、日程・球場などの都合で、16チームのトーナメント戦にすることになった。子どもたちのための大会であり、もし子どもたちから受け入れられれば、自然に回を追うごとに規模も大きくなるだろうから、16チームの参加だけでも十分だと思ったのである。
 それで、参加希望チームを募り、先着順に16チームを招待することにしたが、結果としては、林氏の言葉によれば「あっという間に締め切った」そうだ。やはり、この種の大会が望まれていたことがよくわかった。私と加藤副部長は、「柏市のチームが半分(8)、近辺の市町村がその半分(4)、近県のチームもその半分(4)だったら良いのだが」と、腹案とも希望案ともつかぬことを考えていたところ、見事にその通りになった。林監督は何も言わなかったが、2チームをまとめて混成チームにするなどの工夫があったのだろう。
 9月から4ヶ月余り、加藤副部長と林監督の2人が幾度となく会合を重ね、この上ないチームワークで準備を整えた。「谷沢理事長は進捗状況について是か非かの裁可をいただければよい」とは副部長から言われたものの、ただ手を拱(こまね)いてはいられない。予てより懇意にしている大塚製薬の大上千葉支店長にご協力を求め、またティーボールで付き合いの深いナガセケンコー社にも同様にご協力を願った。両社からすぐに快諾をいただき、ナガセケンコー社が優勝旗を寄贈したいと言ってくださったので、当初は大会名を「谷沢杯争奪」としていたのだが、急遽「谷沢旗争奪」に変えた。
 また、東京中日スポーツ紙専属評論家である以上、そして旧知の小原デスクがアマチュアスポーツ担当である以上、話をしないのも不自然である。それで、大会のサポートをお願いしたところ、同社だけでなく本紙の東京新聞社も後援していただくことになった。私は、さらにいくつかの社へお願いしようかなと思ったのだが、加藤副部長が「第1回の結果で、我々への理解が広まれば、自ずと各社・各組織がすすんで応援してくれるだろう」と言う。確かにYBCは、そういう理念でこの3年間活動してきたのだからその通りであると考え、自然体で行くことにした。無理な協力や義理の応援を強いても、義理チョコほどの意味しかない(大会初日は2月14日である!)。
 2月13日に帰京して自宅に寄るのもそこそこに、ただちに柏駅前のホテルに入った。翌朝8時から開会式が始まるからである。今年からYBCに復帰するモンゴルのホソバヤル投手兼マネが、早朝7時にホテルにやってきて、すぐに迎えの車も到着した。オール沼南の保護者の方のご好意である。空は明るく暖光が射していて、4月上旬の気温だった。前夜から春一番の強風が吹きすさび、気象協会は雨を予報していたが、まさに奇跡的な天候である。「これを谷沢晴れと呼ぼう」などという声もあったが、たしかにこの3年間は、天気予報に打ち勝つ「YBC晴れ」に恵まれることが多かった。
 主会場のオール沼南グランドに到着すると、駐車場には満杯の100台近い車が犇めいていた。あとで聞いたところ、85台だったという。パンフレットを見ると、参加者は選手251名・チームスタッフ71名の322名である。これにほぼ同数の保護者が加わり、大会役員64名、審判委員20名もおり、手伝ってくれるオール沼南の選手たちが見たところ40名はいる。この人数から言えば「大会」と名付けたのも許されるだろう。
 ネット裏本部に行くと、天気の話題で持ちきり。山澤氏、ナガセケンコーの遠藤氏、東京新聞企画事業部の多田氏らと次々に挨拶を交わした。民主党柏市議の永野正敏氏もおいでになっていたが、「私も野球少年だったので、まったく政治抜きの個人の楽しみで来ました」と快活な笑いを浮かべた。YBCでは加藤副部長が早朝6時半から準備に当たったというし、林氏に至っては夜明け前の4時に起きたそうだ。
 バックネットの横断幕には「第1回 谷沢健一旗争奪少年軟式野大会」の大きな文字が躍っていた(「球」の字が抜けていたのに私は指摘されるまで気づかす、ご愛嬌にすぎないが、担当者はひどく恐縮していた)。後援各社の横断幕も控え気味に掲げられていたが、そんな遠慮はいらないのにと思った。
 開会式が始まった。甲子園大会のような雰囲気を醸し出すような選曲のBGMが響き、うぐいす嬢(声は確かに若々しかった)のアナウンスも堂に入ったものである。
 私は次のように挨拶した。「プロ野球のOBとして野球界への恩返しために、NPO法人「谷沢野球コミュ二ティ千葉」を生まれ育った千葉県柏市に創設して4年目を迎えます。これまでの活動の軸は、クラブチーム・YBCフェニーズの運営でした。そのフェニーズは昨年、春も秋も千葉県のクラブチームの頂点に立ち、第1段階は終わったと思っていたところへ、この大会の話があり、自分の名前を冠にすることにはいささか躊躇(ためら)いもありましたが、子どもたちに貢献できるならばと思って開催しました」「このメイン会場は、ふだんオール沼南やYBCが使わせて頂いているグランドであり、所有者の浅野久氏が貸してくださっています。まさに感謝感激です」「私も野っぱらで日が暮れるまで泥だらけになりました。これこそが私の野球人生の出発点です。こ大会が君達の出発点になってくれればと思います」
 始球式(投手は私、打者は林氏。打者は大きく空振りして転倒するというパフォーマンスで、和やかな爆笑を誘った)を終えて、試合は始った。今日はベスト4までが勝ち上がる。第1試合を1時間ほど観戦し、他の2会場を見て回った。小原デスクとYBCの谷澤カメラ担当も取材と撮影のために同行した。名戸ヶ谷グランドと酒井根運動公園に行くと、オーバーフェンスのHRが飛び出していたのには驚いた。
 神奈川からは西湘パワフルズ、東京からは荒川タイガースと江戸川ドラゴンズ、埼玉からは埼玉SPベースボールクラブが参加してくれたが、残念ながらいずれもベスト4には進めなかった。混成チーム・連合チームが勝ち上がったが、唯一、我孫子市のサンスパッツが単独チームで臨んで、4強に入ったのは称賛に値する。
 2日目は、朝から曇天だったが、やはり気温は高く、順調にスタートした。YBCの川村主将以下、山崎、田久保、伊江、渡辺、樫田、ホソバヤル、田中、菅谷、荒川、井原、瀧澤、佐藤、山賀の各選手と牧野マネが協力に駆けつけてくれたが、オール沼南の保護者と選手が前日同様、手際よく動いていたので、いささか手持ち無沙汰だったようだ。来年は、もっともっと活躍してもらおう。樫田選手が仕事先のバッティングセンターで時々面倒を見た少年たちが何人か試合に出場していて、その保護者と歓談していたのが印象に残った。そういう形のささやかな貢献もあるのだと改めて知った。
 準決勝2試合、3位決定戦、決勝の4試合がすべてオール沼南グランドで繰り広げられた。個人賞の副賞として、プロ野球6球団の野球帽とボールが準備されており、勝ち残った4チームの選手の中には、それを狙って張り切っていた子たちもいたそうだ。このキャップは、各チームのスプリングキャンプに取材に来た解説者に贈呈される特製CAPで、二度と手に入れられないものである。私は「どうせなら」と考えて、そのチームの代表選手にCAPにサインをしてもらった。誰もが「小学生選手への賞品だ」というと快くサインしてくれた。ホークスの川崎、ライオンズの中島、スワローズの青木、タイガースの金本、ドラゴンズ森野、ベイスターズ村田の6選手である。そして、子どもたち以上に保護者から嘆声が挙がったのは、レッドソックスの松坂投手のサイン入りCAPだった。彼が西武のキャンプに参加していて、わざわざ私に挨拶をしてくれたので、これ幸いとサイン「させた」というわけである。
 どの試合も白熱して、クロスプレーも目立った。昼の弁当以外は何の報酬もないのにすすんで協力してくれた審判員も、判定には緊張感が漲(みなぎ)っていた。前日以上に保護者の声援も熱を増し、采配をとる監督やコーチの指示もエスカレートする場面もあり、まさに真剣勝負だったが、試合の駆け引きはプロ顔負けだった。ただ、「まだプロの真似をするのは早いぞ」と思うシーンもなかったわけではない。決勝戦は松戸市の松飛台メジャーズが5点を先取したものの、終盤、柏市のアドウィンクラブが2点差に迫る追撃を見せたが、最後は抑え投手の好投でメジャーズが第1回大会の優勝を勝ち取った。メジャーズは2チームの混成で臨み、良く指導されていて、その全力疾走には好感が持てた。
 閉会式も余韻の残るものだった。オカムラ工業所の協力で、立派な(いや立派すぎるほどの)金銀銅のメダルが各チーム25人に授けられ、私が一人一人の首に懸けてやった。記念写真撮影やらサインやらが1時間以上も続いて、会場から去りかねている人が多かったのも、まさに「祭りの後の名残惜しさ」である。大会役員をはじめ、皆さんがいろいろな話を私にしてくれたが、誰もが楽しみ喜んでいることに何よりも私の楽しみと喜びがあった。
 2009年は、河川敷を整地するしんどさと、子どもたちの真剣さにふれた喜びと、2つの想いからのスタートになった。

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