東京大学硬式野球部の新チームの公式練習は11月9日が始まった。私は一日遅れて10日から加わることになった。ふだんから着飾ることにはあまり関心のないせいか、前日になって気がついた。練習時の身なりである。帽子、ユニフォームは白一色にするとして、ジャンバーだ。YBCフェニーズのそれは臙脂色で、東大の淡青色のユニフォームの中に入ると目立ちすぎる。しかも早大の臙脂色とかなり似ている。よけいな詮索はされたくない。できるだけライトブルーに近い色が望ましい。だが、手持ちには1着もない。やむなく、琴賀岡主務に問い合わせてみた。
主務「はい、用意しておきます。明日は東大前の2番出口でお待ちしています。寮(一誠寮)までの道が細く分かりにくいんです。」
私「ありがとう。8時に行くよ。」
地下鉄南北線・東大前駅はすでに何度か乗り降りしているのでいいのだが、その先がたしかに曲がりくねった脇道でわかりにくそうだった。2〜3分ほどの道だが、方向音痴の私には憶えるのに数日かかるなーと思った(ところが、主務は翌日も自転者で迎えにきてくれたのだった)。
前にも書いたように、新チームの平日練習は部員たちの要望で早朝6時半から(土日は8時から)行なわれ、御手洗監督は5時前には家を出て指導しているという。
監督「谷沢さんはそこまで早くなくていいですよ。これまでのように8時からだと全体練習が1時間しかできない。9時からは授業の一限目が始まります。特に、1学年はこの本郷グランドから駒場校舎に通うのが大変なんですね。」(周知のように、東大は1,2年生は全員、駒場の教養学部に所属し、そこから「進振り(進学振り分け)」によって3年以降、本郷の各学部へ散らばる。)
新チームは50名弱だが、夕刻までの練習は選手たちが入れ替わり立ち代わりで流動する。早大も授業出席を優先するので、それに合わせて練習は4班ほどに分けて行なってきている。東大も同じで、何班かに分けることで理系や医学部の部員でも野球を続けやすくなり、中途退部する者も減少したそうだ。
東大でも早大でも学生の本分は学業であるとする。これに異論を唱える者はいない。だが、ここから考え方が二分される。「学業第一スポーツ第二」論と、「スポーツも学業である」論とである。スポーツ科学が学問として成立するという立場の人は、後者を支持するだろう。もっとも、学業としての体育は認めるが、学業としてのスポーツは認めない(体育は学業、スポーツは非学業)など諸説があって、この議論に踏み込んだら私の脚力では足をとられるから止めておく。
さて、監督からの紹介で、私は部員諸君に挨拶した。「打撃中心にBASICなことから指導を始める。例えば素振りを1000本、2000本しても基本を理解していない限り効果も薄い。感覚も肝要だが、理屈の積み重ねで野球思考力と野球理解力(いわゆる野球頭)が向上し、技術も養われる」というのが要点で、「疑問があればいつでもすぐに聞いてくれ」と結んだ。
練習参加は、11月が10回、12月になってからは5回。日が暮れるまでグランドにいて、故・山内氏や中西氏のような「教え魔」に徹しようと思った。事前に東大OBの小林至氏(ホークス球団取締役)に東大気質を伺ってはいたが、部員諸君は予想以上におそろしく謙虚であり、有用なことはとことん吸収したいという姿勢は、小林氏の言葉通りだった。
しかも、一人が知った知識・情報は全員で共有する。これには感心した。「一を聞いて十を知る」ならぬ「一を教えて十に伝わる」である。どうして私として自然と熱が入らないことがあろうか。例えば、初歩的な事柄だが、打撃練習時にアップシューズで打つ者が殆どだった。「足裏の感触だけでなく、足・腰などの微妙な筋肉・骨の動きに影響があるから、スパイクで」と指摘した途端に、あっという間にそれが浸透していく。「自分が立った足元の土を慣らしてからゲージを出るのもマナーだよ」と伝えるとすぐに徹底されていく。野球のエリート高校出身者なら当たり前のことでも、東大部員たちには一事が万事新鮮なのかも知れない。
また、体育会系特有の上下の悪しき主従関係もない。練習の後片付けは上級生も下級生もない(これは我がYBCも同様である)。練習試合やシート打撃後には選手はベンチ前に集合して、監督やコーチから指示や注意などが必ずあるが、東大の場合は控え選手だろうが下級生だろうが、誰でも気付いたことを述べ合う。もっとも、最後には主将や監督が締めるのだが。リーグ戦で戦力差以上に善戦しているのは、部員たちが一つ一つのプレーを疎かにせず、それに集中している証である。
選手の名前も随分覚えた(まだ全員でないのは申し訳ないのだが)。練習時にはスマートフォンで静止画・動画も撮っている。「百聞に一見を加える」で、選手たちも呑み込みやすいようだ。御手洗監督は当然のように打撃投手を務めているのが、私も左腕の打撃投手を勝手にかってでている。おかげで、夜も眠りに入るのが速やかで、充実感が深い。ある夜、半ばまどろむ頭に字余りの駄句が浮かんだ。“木枯しや 熱き打球音 運びをり”
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コメントいつも貴兄の動向拝見しています。東大のコーチ 何方の発案か知りませんが驚きました。東京六大学も新時代に突入ですね。
我が母校も江藤監督が流石のキャリーアーを生かして、グラウンドには張り詰めた空気が一杯です。今年の野球界は高校、大学、プロ見どころ豊富。楽しみにしています。
Massyさんへ
注目をして頂きありがとうございます。少しでも東大のお役に立てればと引き受けました。今後は江藤監督にご指導願いたい気持ちでいっぱいです。東京六大学を盛り上げて行きたいですね。
谷沢さん コメント有り難う御座います。僕は会社時代の仲間と「東京日産神宮ネット裏応援会」と言うのを作っています。約30人位最年長は稲門倶楽部元会長の大昭和の大道さんです。早稲田応援団の監督をやっていた岩上さんもメンバーです。六球会は東大の田和さんが中心でしょうか...明日は「アフリカ野球友の会」の総会に行きます。習志野市とはコオポレートしているようです。慶東戦でお逢いしましょう。
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プロフィール

名前 谷沢健一 KenichiYazawa
生年月日 1947.9.22
出身地 千葉県
出身校 習志野高〜早稲田大学
在籍球団 中日 背番号 41
投打 左投左打
通算成績
安2062/本273/点969/率.302
1987年引退
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