先日、和歌山市での名球会のイベントを終えて、関空の待合室にいくと、茨城GGを応援する年配のご夫婦から声を掛けられた。茨城GGが日本選手権1回戦で敗退したので帰路に着くという。
谷沢「北野君が初回に4点取られたのが痛かったですね」
夫君「2回からは2番手がきっちり抑えただけに残念でした」
ご夫婦は茨城GGの帽子とチームジャンバーを着用していたので、
谷沢「皆さんの応援が力になりますね」
妻君「練習が終わるとご飯を食べに来るんですよ。全国から選手が集まってますから、情が移りますね」
夫君「野良仕事も手伝ってくれるので有難いです。こずかい程度にしかならないのに、一生懸命ですね。お陰で町も明るくなりました」。
チーム協賛企業の応援もあるので、選手には一時金が貢献度を鑑みて支給されるそうだ。いずれにしても、野球ばかりでは地元の人たちも愛着が湧かない。こうした社会貢献は不可欠なのだ。
「硬式ができる野球広場をつくる」ことは私の大きな目標の一つであるけれども、地元の人たちの理解があってこそ実現できるものである。柏市はあまりにも東京に近いので、地元独自の活動に制約が生まれやすいが、不可能を可能にする粘りを身上に闘っていきたいと思う。
その一つとして、やはりNPO法人であるオール沼南ベースボールクラブと共同で「谷沢健一杯少年野球大会」が、来年2月(14〜15日)に開催されることとなった。遅々としているがそれでも、新たに動き出すものがある。2009年はYBCの事業骨格づくりがテーマである。道はいつも多難であるが。
もともと、市を通して県から無償で借りていたのだから、何の文句もつけられない。それどころか、県と市に感謝すらしていた。お陰で今年はPWPで練習試合を17試合もできた。グランドが狭いので、特別ルールを設定しての試合だったが、相手チームの部長や監督は口々に「試合できるグランドがあるだけも羨ましい」と言ってくださった。
わずか1年という短期間でも、土日に1日中専用できるグランドが存在したことで、明らかに選手たちは成長した。今年のYBCは、高い会費や企業の協賛を受けずに強くなれることを証明できた。その一端はやはりPWPという場があったことである。
この3年間の公式戦試合数は3、7、13と倍増を重ねた。4年目も多少メンバーは変わるだろうが、YBCの野球をやりたい若者が(なかには若者を卒業した者も)自ら進んで入団してくると期待している。チームづくりもこの3年間では最高といえるスタッフにも恵まれ、望ましい方向に向かっている。
今回のグランド喪失の宣告は、「YBCのミッションは何か?」と天が問うているのかもしれない。昨年6月にYBCはNPO法人として認可された。NPOや企業は創業者の抱いた想いをミッションとして、創設されるのではないか。創業者の想いを賛同してくれる人たちの協力を得て具現化・具体化することではないか。私の想いはいくつも心の内に潜んでいる。
フェニーズを強いチームとしてつくりあげていくことは大きなミッションであるが、それ以外の想いもたくさんある。スポーツ啓蒙活動などを軸にした地域貢献もその大きな一つだ。本当は、これがNPO法人の活動としては真っ先に挙げられなければいけないのである。
私個人は、講演活動や少年野球教室、ティーボール教室(養護学校へのボランティア活動)、指導者研修会などを行ってきたが、更にこれらをYBCの事業活動と結びつけて、より活発かつ効果的にしなければならない。スタッフや選手たちにも当然、NPO法人のメンバーとしての任務が課せられることになる。フェニーズは単独チームではなく、YBCという法人の一部だという意識を抱いてくれなければいけない。野球以外の活動は無理だと言う者が大半ならば、人材をさらに募らなければならない。
第1回関東クラブ選手権の直前、柏市から電話がかかってきた。試合のシミレーション中だったが、それを頭から追い払って電話に出た。11月3日のスポーツフェスタ(柏市主催)にYBCが協力することになったので、その件だろうと思ったからである。しかし、意気消沈する報知だった。
それは事実上PWPの使用拒絶を意味する知らせだった。PWPは2007年に廃校となった県立柏北高の硬式野球グランドである。それを昨年11月から原則土日に限って使用させてもらっていた。
電話の声は「千葉県教育委員会から、柏北高のネット、フェンスを撤去する方向であると言ってきました。グランドは売却の予定だが話が具体化しているわけではない。しかし、再利用のために撤去したいというのです。工事は年明けの1月から始めるそうです。それで、グランド使用は12月までで終わらせていただきます。」
谷沢「えー、ネット・フェンスをどこへ持って行くんですか。それは酷いやり方だね。」
この1年間、グランドを整備し(具体的に言えば、繁茂の早い草の刈り込み、ネットの修理と新ネットの購入追加、土の掘り起こし、荒れはてて粗大ゴミの山積したブルペンの清掃と改造、外野フェンスの設置、近所の篤志の家にお願いして井戸水の確保及び水タンクの設置、物置の購入設置、打撃用鳥籠の購入設置などなど)管理してきた。県にも市にもまったく迷惑はかけなかったつもりである。あえて言えば、他の団体がYBCの備品を無断借用・盗用するのも黙って見逃してもきた。グランド使用の申し込みは、県の指示通りに2ヶ月前までに行ってきた。そして使用打ち切りの通告も2ヶ月前にやってきた。また「ジプシー」が始まるのかと暗澹たる気分になった。
関東クラブ選手権の直前なのに、余計なニュースに心が乱された。今年最後の公式戦が準決勝での敗退に終わった日、球場(いくつもある埼玉県営の硬式仕様の球場のひとつ)からの帰り際に、主要スタッフに県の通達事項を伝えた。全員、表情が変わった。
加藤副部長がつぶやいた、「ああ・・・そんなことなら、2月の確定申告で千葉県に「ふるさと納税」をしようと準備していたけれど、やーめた・・・」
プロフィール

名前 谷沢健一 KenichiYazawa
生年月日 1947.9.22
出身地 千葉県
出身校 習志野高〜早稲田大学
在籍球団 中日 背番号 41
投打 左投左打
通算成績
安2062/本273/点969/率.302
1987年引退
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